【Twitter や YouTube 】マウント合戦の理由

■テーマ
YouTube のコメント欄や Twitter で暴れている人たち

 

■考えていただきたいこと


これを見て一緒に考えていただきたいのです。迂闊にツイッターYouTubeのコメント欄に意見を述べるのは集合意識に操作されている、ということを

 

■意見を借りる時代


YouTube のコメント欄やツイッターを見ていると、意見を述べてるように見えて、ただのマウントの応酬になっていることが多々あります。

 

ネットの発達によって人々は自分が考えるより先に人の意見を自分のものとして借りるのが習慣になりました。

 

よく知識人のコメント欄にこれについて取り上げてください、というのはその意見を知りたいのではなく、自分の意見として取り入れたいからです。

 

自分の意見は探すのがデフォルトです。


そして感情のままにコメント欄にストレスを発散します。そのために人の意見を借りてくるのです。書き込むことによって俺はこれだけ正しいんだ、ということを世間に認めてもらおうとしている。

 

 

 

その人が述べている意見が違えば、それは違う!俺の方が正しい、いや、正確には俺が信じている人の意見の方が正しいということをコメント欄に書き込みます。

 

ところがここで問題が生じます。

 

意見を借りて述べているに過ぎないので、その意見を扱いきれないのです。これが責任をもって動画を上げている知識ある人であれば、その意見の背景や根拠をきちっと勉強して意見を述べているわけです。

 

そもそも知識人だって誰かしらの意見を賛成か反対かで判断しているわけですが、その意見を扱うだけの知識がちゃんとあるのです。

 

しかし知識もなくその意見を借りているに過ぎない人たちは扱いきれないので感情論で叩き合うのみになってしまう。

 

これがツイッターやコメント欄で脊髄反射で意見を書き込み、反対されると罵詈雑言で応酬する人たちの仕組みです。

 

結局、自分の意見を発信してるようでストレスを発散しているに過ぎないのです。正しい間違ってるを議論したいのではないのです。

 

自分は正しい、この人の言うこと信じてる自分は正しい、だからこの世界にいていいんだ、

 

こうした自分の生存欲求を満たしているに過ぎないのです。

 

人は「好き」「嫌い」しかありません。

 

頭の良し悪しというのは、これに意味づけをするのが得意かどうかです。このために知識人から色んな意見を探して自分のものとします。

 

第一印象で好きか嫌いかを判断し、それに沿った意見を探してきて、違う意見を叩き潰す。正論をぶつけ合います。

 

正論なんて言うのは相手を叩き潰すだけの武器にしか過ぎません。結果ありきの議論と言いますが、所詮人間は結果ありきでしか動かないのです。

 

結果ありきで機能していると言ってる人だって、きっと同じことしています。

 

■最後に


TwitterYouTube のコメント欄には脊髄反射で書き込まないことをお勧めします。

 

あの場は意見を言い合う場所ではなくストレス発散でしかないので、自分の意見がどれだけ正しくても相手は認めないし、きっとあなたも認めないでしょう。

 

人は信じたいものを信じる

 

ではまた