幸せはどこにあるか。仏教の答えを親鸞聖人の歌で解説する
さて、私たちは夢を見させられている人生を歩んでいます。
YouTubeをひらけば成功者の話を聞いて自分も、と思いますし、
本を読めば、自分もいつか、と思います。
学校では夢をもて、と言われます。
成功者から好きなことを仕事にしろ、と言われます。
しかし、そんなことはできないのです。
大抵の人は
それを思い知らされ、劣等感に苛む人が後を絶ちません。
人生はこんなものだ、と言い聞かせ、夢を見た代償を払わされるのです。
人は棺桶に入るまで、何が起こるのかわかりません。
成功者たちもそのままで済むわけではない
私たちは、その時の姿が永遠に続くものと思ってしまいます・。
そんなことはないのです。
どこに行っても辛いし、どこに行っても苦しい
それがこの世界です。
そんな現代人に必要なことは、無常感です。
人生というものはこんなものだ、
これが足りないのです。
白骨の章を読めば、この世界がいかに頑張る必要がないかを克明に書いてあります。
それでも人は求めたがるものですが・・・・
もし自分は幸せだ、と思っている人は、誰かを虐げている自覚がない人です。
負担を誰かに押し付けているだけだと気付いていない人です。
自分は正しい道を歩んでいる、と思っている人は、人を傷つけ不幸にしていることに気付いていない人です。
人生は、とにかく無常です。
住みにくい世界ですね。