自分だってどうなるかわからない
我々は安易に子供を授かってはいけない時代に入っているのかもしません。
大阪府摂津市のマンション一室で交際相手の長男・新村桜利斗(おりと)くん(当時3歳)に浴室で熱湯をかけ、殺害した疑いで松原拓海容疑者(24)が逮捕された
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」
「そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもしてしまうのがわたしです」
真宗大谷派 白蓮寺 ホームページ
https://sairenji.tokyo/shinsyu/19/
親鸞聖人は、このようにおっしゃっております。
縁があれば私とてどんな悪事を働くかわからない。
つまり、環境によって人は悪人にもなるし聖者にもなる、ということです。
縁に縁が重なり、このような事件になってしまいました。
許されざることですが、人は弱いものです。
自分だってどうなるか、わからないのです。
大事なのは、こういう環境を作らないことだと私は思います。常に不安を抱いて、この世界は無常であることを肝に銘じ生きていくことです。
子供を授かる責任
私は今後は家族というものは一部の資産家、家系だけがもつ時代になってくると思っています。
つまり少数の家族と圧倒的多数の独身です。
給料は上がらないどころか、税金は上がり続けていきます。
昔の貧乏とは違い、お金がなければ暮らせない現代、貧困世帯も多いです。
人間関係も高度になり、一人でいる方が楽なことが増えました。
仕事も不安定で安月給、なのに人間関係や仕事はどんどん高度になっています。
ギリギリの人数でギリギリの給料、今後上がっていく保証はどこにもないのです。
なのに、昔と同じくみんなが家庭を持てる、というのは幻想です。
先ほども言いましたが、昔の貧乏とは違い、今は家庭を持つ方が支出は増えるのです。
独りの方が圧倒的に生き抜いていける時代です。
身軽な方がいいのです。
子供を授かる、というのもよくよく考えなければいけません。
みんなが持つ必要はないのです。
無理に家庭を持てば心の余裕を失い、自己投資もできません。
独身で心穏やかに日々を過ごすことも大事な選択の一つです。
今回の事件は極端な例かもしれませんが、人は状況や環境によってどんなことをするかわからない、親鸞聖人のように謙虚に自分を見つめたいものです。